「頭がお花畑」とは?意味や使い方を解説

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「頭がお花畑」

頭がお花畑というのは日本特有の表現であり、何も考えていなくてめでたい人、楽観的で平和な考え方を持っている人、ふわふわしていて天然ぽい人を指しています。

お花畑と丁寧な表現に聞こえますが、これは良い意味で使われることがほとんどありません。

「頭がお花畑」の意味

何も考えていないおめでたい人に対し、「彼女は頭の中がお花畑だから」ということができます。

楽観的な考え方をしている、常に「なんとかなるだろう」と考えながら生活をしている人もお花畑と言われており、安全な日本に住んでいる日本人はしばしば外国では頭がお花畑な状態になります。

また、鈍感な人やミスが多い人に対して頭がお花畑ということもあります。

「頭がお花畑」の言葉の使い方

頭がお花畑というのは聞こえはいいですが褒め言葉ではありません。

そのため相手を批判する表現になりますから注意が必要です。

「頭がお花畑」を使った例文・短文(解釈)

それならば、頭がお花畑という言葉を使うとどのような文章ができあがるのでしょうか。

ここでは頭がお花畑という表現を使った例文をいくつか紹介します。

「頭がお花畑」の例文1

「あいつは昔から頭がお花畑だったから、今回も何も考えてないんじゃない?」

同級生や友達の中に、昔から特に深く物事を考えることがない、常に楽観的である、という人がいる、という人もいるのではないでしょうか。

あまり物事を考えていないがために軽率な発言をする、無計画で実行するからよく失敗する、などという人は頭がお花畑だといえます。

これは批判的な意味合いで表現されていますので、ただ楽観的で前向き、いつもポジティブな考え方をしているという人には使いません。

「頭がお花畑」の例文2

「彼女は頭がお花畑だから、きっと周りがこんな状態になっていることもわかっていないと思う」

友達が喧嘩をしたり、同級生がいざこざを起こしたりしてトラブルに巻き込まれた経験があるという人もいるのではないでしょうか。

しかし、そんな時も頭がお花畑状態の人はそのトラブル自体に気づいていない可能性があります。

周りの人がたとえ「このままではトラブルが起こるかもしれない」と思ったとしても、頭がお花畑な状態にある人はそのようなことさえ推察することができません。

誰がどう見てもわかるようなことであったとしても、そんな状況で推察することができなかった、気づかなかった、という場合に頭がお花畑だということができます。

「頭がお花畑」の例文3

「被災地に救援物資を送ろうとしているのに、あの人は千羽鶴を持ってきたよ、まさに頭がお花畑だよね」

かつて、海外が被災したときに日本人が千羽鶴を送ったということが世界的な批判の的になったことがあります。

日本人にしてみれば千羽鶴は確かに意味があるのですが、とにかく命の危機にさらされている被災地の人にとっては役には立ちません。

今となっては「救援物資として千羽鶴を送らないでください」と当たり前のことが注意書きとして言われることもあります。

しかしそのようなことに気づかず、未だに千羽鶴を用意する人がいないわけではありません。

被災地の人たちが何を必要としているのか想像ができないのであれば、まさに頭がお花畑なのです。

「頭がお花畑」の例文4

「あの人はいつも物を出しっぱなしにするから部屋は片付かないし、何がどこにあるのかすぐにわからなくなるんだよ、頭がお花畑だから仕方がないけど」

なかなか片付けられない人はいませんか?そもそもものを出しっぱなしにしてしまう、片付けることをしない、挙句の果てにどこに何があるのかわからない、ということが起こるとそのうち困ったことになります。

しかし、人間はいちど困ったことがあるときちんと直すことができるのですが、頭がお花畑の人は何度も何度も同じ間違いをする傾向にあるのです。

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