この記事では、「日本三大ドヤ街」の意味を分かりやすく説明していきます。
「日本三大ドヤ街」とは?意味
最初に、「ドヤ街」の意味を説明します。
「ドヤ街」とは高度成長期に、次々と建設されるビル等の、土木建設業の日雇い労働者が多く暮らした街を意味するものです。
また「日本三大」は「日本三大○○」として一般的に使われるものと同じで、その類型の中で規模が大きかったり、有名だったりするものを表現する言葉です。
従って、「日本三大ドヤ街」とは、日本でも規模が大きく有名な、建設労働などに従事する日雇い労働者が多く暮らす街という意味になります。
具体的には「日本三大ドヤ街」としては、東京の山谷、横浜の寿町、大阪のあいりん地区を指すのが一般的です。
「日本三大ドヤ街」の概要
高度成長期の建設業を支えた日雇い労働者は、早朝から労働者を求めて寄せ場に次々と来る斡旋業者に日雇い労働者として雇われて、現場に送り込まれていました。
日雇い労働者は、条件の良い仕事を求めて、早朝から斡旋者と交渉しようとして、寄せ場に近いエリアに居住先を求めました。
それに対応して多くの簡易宿泊所が寄せ場周辺に建ち並び、「ドヤ街」が形成されていったのです。
その中でも、東京・横浜・大阪の大都市の建設を支えて大きな規模となったのが、「日本三大ドヤ街」なのです。
「ドヤ街」を「スラム街」と同じだと思っている方も少なくありませんが、全く違うものです。
「スラム街」は、その国の普通の人達よりも非常に貧し人達が、家族で暮らす掘っ立て小屋の様な粗末な住居が広範囲に建ち並ぶエリアで、衛生状態や治安が極めて悪いのが一般的です。
それに対して「ドヤ街」は普通の庶民が暮らすエリアに混在して簡易宿泊所が建ち並ぶ感じの街で、簡易宿泊所に暮らす人の多くは男性の一人暮らしです。
収入は不安定であっても、極貧と言う暮らしではありません。
特に衛生状態が悪くもありませんし、治安も悪いというほどでもありません。
「日本三大ドヤ街」は、高度成長期には多くの労働者が暮らす街として、一種の活気がある街でしたが、次第にその役目を終え、その地域に住み着いた日雇い労働も高齢化して、活気がなくなっています。
また高齢化で日雇い労働が出来なくなり、西成のあいりん地区では、生活保護を受ける人が増えて、新たな社会課題となっています。
「日本三大ドヤ街」の言葉の使い方や使われ方
「日本三大ドヤ街」の言葉は『最近では日本三大ドヤ街と呼ばれるエリアが観光スポット化している』の様に使われます。
「日本三大ドヤ街」の類語や言いかえ
「日本三大ドヤ街」の言い換えとしては、『日本にある三つの大きな日雇い労働者の街』といった表現が適切でしょう。
まとめ
「日本三大ドヤ街」とは、日本でも規模が大きく有名な、建設労働などに従事する日雇い労働者が多く暮らす街という意味になります。
具体的には、東京の山谷、横浜の寿町、大阪のあいりん地区を指すのが一般的です。
ちなみに、「ドヤ街」は「スラム街」とは違います。