「交流」と「共有」の違いとは?意味や違いを分かりやすく解釈

「交流」と「共有」の違い違い

この記事では、「交流」「共有」の違いを分かりやすく説明していきます。

「交流」とは?

互いに行き来することです。

とくに、異なる地域・組織・系統の人々が行き来することです。

また、双方の間で物事のやり取りがされることも意味しています。

この言葉が意味しているのは、互いに行き来することであり、三者以上が三角形をまわるように巡回することではありません。

物事のやり取りがされるという意味では、複数人でやり取りすることを指す場合もあります。

あるサッカー選手が、幼稚園児にサッカーを教えることになりました。

この場合、サッカー選手と幼稚園児という二者が存在することになります。

園児たちは複数人ですが、園児の集団として一つのものと考えることができます。

サッカーを教えるということを通して、双方でやり取りをしています。

この場合は「選手と園児が交流をする」ということができます。


「交流」の使い方

互いに行き来するという意味では、どちらか一方だけが行ったり来たりすることには使用をしません。

行ったり来たりするのが互いである場合をいいます。

互いにやり取りする意味でも使用されます。


「共有」とは?

一つのものを二人以上で一緒に持つことです。

同じ目的を持って一緒に持つことをいいます。

身内をなくして悲しみにくれている人がいたとします。

この人は、自分の気持ちを誰もわかってくれないだろうと思っていました。

しかし、気持ちをわかってくれる人は存在します。

同じように身内をなくして悲しんでいる人に出会い、悲しいのは自分だけではないということに気が付きました。

そして、このとき、悲しみという感情をお互いに持っています。

同じような感情です。

このことを「感情を共有する」ということができます。

誰かと共に時間を過ごすことがあるでしょう。

別々のことをしていて、互いのことをまったく気にしていない状態ではなく、お互いを気にして、一緒の時を持っています。

このことを「時間を共有する」ということができます。

「共有」の使い方

一つのものを二者以上で一緒に持つことを指して使用します。

同じものをそれぞれの人が持っていることではありません。

たとえば、Aという物を佐藤さんが持っていて、これと同じAというものを鈴木さんも持っているということではないのです。

この場合、Aは2つ存在しています。

そうではなく、1つのAを佐藤さんと鈴木さんで一緒に持つことが「共有」です。

「交流」と「共有」の違い

二者がかかわる点では意味合いが似ているのですが、それぞれの言葉が指すことは違います。

「交流」とはかかわることです。

行ったり来たりすること、やり取りすることを意味しています。

「共有」とは一緒に持つことです。

「交流」の例文

・『交流試合をする』

・『○○家と交流がある』

「共有」の例文

・『情報を共有する』

・『いろんな人と共有したい』

まとめ

二者がかかわる点が似ている言葉ですが、一方はやり取りをすること、もう一方は持つことを意味しており、それぞれの言葉の意味は異なります。

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