「阿吽之息」
「阿吽之息」は「あうんのいき」と読みます。
難しい四字熟語ですが、現在ではより分り易く「阿吽の呼吸(あうんのこきゅう)」と表記することが多くなっています。
「阿吽之息」の意味
「阿吽之息」の意味や語源について紹介します。
「阿吽之息」の意味
「阿吽之息」の意味は、「2人の人が、まるで呼吸をピッタリ合わせているかの様に、微妙なタイミングや間合いを掴んで行動する様子」です。
一つのものごとに対して、まるで同じ人が2人いるかの様にかわるがわるテンポ良く行動して進めていく状態をあらわしています。
「阿吽」とは「対」になるもののことで、寺院の門の両脇にある「金剛力士像」や、神社の入り口に置かれている「狛犬」等が「阿吽の像」と呼ばれています。
どちらも邪悪なものが入り込むことを防ぐ為に用いられていて、「阿」の像は口を開けていて「吽」の像は口を閉じています。
「阿吽之息」の語源
「阿吽之息」の「阿吽」の語源は、インドのサンスクリット語(梵語)と言われ、中国から仏教と共に日本に伝わりました。
「阿吽」は仏教で「真言」という言霊であり、「宇宙の始まりと終わりを象徴するもの」でした。
「阿」は口を開いて最初に発する音で、「吽」は口度閉じた最後の音であることから言われる様になったのです。
このことから「阿吽=対になるもの」として使われる様になり、宗教的な像に表される様になったのです。
サンスクリット語の発音を感じに当てはめたものであり、漢字自体に意味はありません。
「以心伝心」との違い
「阿吽之息」とよく似た意味の言葉に「以心伝心」があります。
こちらはお互いの心が通じ合っていることを意味します。
「阿吽之息」は2人共息がピッタリと合った行動をとっているのに対して、「以心伝心」は気持ちが通じ合っているだけで行動は伴いません。
「阿吽之息」の言葉の使い方
「阿吽之息」の使い方には以下のポイントがあります。
名詞として使う
「阿吽之息」は名詞として使います。
言葉自体に動詞的な意味が含まれているので「阿吽之息だ」と言い切りの形で使えます。
「阿吽之息をする」とは使いません。
第三者が使う
「阿吽之息」は、2人の息がピッタリの様子を第三者から見て表現する言葉です。
当人同士が全く意識していなくても、周囲の人が見てタイミングがピッタリだと思った時に使います。
自分で「私たちは『阿吽之息』だ」とは使わないので注意しましょう。
「阿吽之息」の例文・短文(解釈)
「阿吽之息」の例文と解釈を紹介します。
「阿吽之息」の例文1
「あのペアの動きは正に阿吽之息だ」
「阿吽之息」はスポーツの状況を表す時に最も良く使われます。
ペアで試合をする卓球やテニス、ビーチバレーなどで、お互いの心が通じ合い守備や攻撃のタイミングがピッタリと合っている状態を表しています。
「阿吽之息」の例文2
「あの2人は先輩・後輩なのに阿吽之息で仕事をしている」
お互い心を通じさせる為には、やはり年齢が近くて価値観が似ていることが大切です。
しかし中には年齢が離れていたり、今迄育ってきた環境が全く違うのに、一緒に仕事をすると何故かしっくりしてしまう者同士もいるのです。
年齢や立場の違いがあっても2人の息がピッタリと合い、仕事がスムーズに進んでいる様子を表しています。
「阿吽之息」の例文3
「あのバンドのアドリブは全くもって阿吽之息だ」
バンドの演奏ではギターとボーカルの掛け合いなど、アドリブが多いこともあります。
お互いのタイミングや音の捉え方がピッタリと合ったアドリブは素晴らしく、聞いている方も隙のない音作りに感動することでしょう。
「阿吽之息」の例文4
「似た者夫婦で阿吽之息の二人だ」
長年連れ添ってきた夫婦は、何も言わなくても何となくお互いの言いたいことが分るものです。
手を出したらさっと新聞を手渡したり、時間になったら片方がいつも見ているテレビ番組にチャンネルを変えたりなど、ピッタリの呼吸で暮らしている様子を表しています。