「反骨精神」
「反骨精神」とは世の中の間違ったことや、そのような習慣に対して立ち向かっていこうという気持ちのことを言います。
それでは「反骨精神」の意味、使い方、例文などを見て理解を深めていきましょう。
「反骨精神」の意味
「反骨精神」とは、間違ったこと、習慣に対して立ち向かう気持ちのことを言います。
ちなみに「反骨」とは権威、権力、時代風潮などに逆らう気骨のことを言います。
気骨とは自分の信念を守る、どんなことにも屈しない意気のことです。
「反骨精神」の言葉の使い方
「反骨精神」は他の人がどうであれ、自分だけは正しいことをする、立ち向かっていくということになりますので、「反骨精神がある」と言われればそれは素直に褒め言葉として受け取ってもいいかもしれません。
しかし勝気な女性に対して反感まじり、悪口めいたニュアンスで「反骨精神がありますね」と言ったとすれば、これは嫌味として受けとめられるでしょう。
言葉の意味自体が逆らう、立ち向かうということになりますので、使い方によっては褒め言葉にもなりますが、場合によっては揉め事を起こそうとしている、逆らう人といったことを遠回しに言う場合もありますので、前後の話の繋がりなどをしっかり理解して使う方がいいでしょう。
本来は正しいことをしようとしている、そのような気持ちを持っているという意味ですので悪い意味合いではありません。
「反骨精神」を使った例文・短文(解釈)
それでは、実際に「反骨精神」という言葉を使った例文をいくつか紹介しましょう。
「反骨精神」の例文1
「反骨精神のない社員ばかりにしようとしている」
「反骨精神」がある人がいますと、困るのは不正をしたり、自分の好き勝手にしている人となります。
その為会社やグループといった組織においては従順な人の方が好まれますし「反骨精神」がある人は煙たがられる傾向にあります。
一般的に職場環境が悪い場合は「反骨精神」のない社員、スタッフで固められていることが多いのです。
理由としては「反骨精神」のある者はパワハラなどで排除されたり、当人が辞めていったりということが多いからなのです。
「反骨精神」の例文2
「以前は反骨精神を持っていたのに、すっかり変わってしまった」
人というのは良くも悪くも変わるものです。
情熱を持って「反骨精神」がある人であっても、どこかで諦めたり、見切りをつけて去ってしまったり、もしくは楽な方向へ流されてしまったりということになるのです。
「反骨精神」があった人も、時を経てそのような気持ちを失ってしまうこともあるのです。
「反骨精神」の例文3
「反骨精神と言っているけれど、ただ反対したいだけさ」
「反骨精神」と言えば聞こえがいいのですが、実はただ上の人に逆らいたい、自分の都合のいい状況に変えたいだけの場合もあります。
そのような場合は「反骨精神」と言うよりは「反抗的」という言葉の方が合います。
相手の言動が本当の「反骨精神」なのか「反抗」「ワガママ」であるのかはよく見極める必要はあるでしょう。
「反骨精神」の例文4
「反骨精神を養う」「反骨精神」
と言えば、強い心、意志を感じさせます。
楽な方へ流れるのではなく、自分が正しいと思うことを勇気を持って発言したり、行動できる人はとても立派で人として尊敬できるのです。
「反骨精神」があるせいで苦労することもあるでしょう。
特に不正をしている、自分勝手にいい思いをしている人からは嫌がられますし、排除されることでしょう。
そんな中、どっちつかずにいい顔をしたり、我慢をすることで上手くやっていこうとする人の方が多数ですが、長い目で見ればやはり「反骨精神」がある人の方が信頼を得やすいのです。
「反骨精神」を鍛える、養うことは自分の心を強くすることです。
気持ちの問題だけではなく、体力をつけるなど体を鍛えることも大事ではないでしょうか。