「失敗譚」とは?意味や言葉の使い方、概要(元ネタ)など

「失敗譚」とは?新語・ネット用語

この記事では、「失敗譚」の意味を分かりやすく説明していきます。

「失敗譚」とは?意味

「失敗譚」は、英雄譚のように前向きな成功者のお話ではなく、失敗した敗北者と言われる側のお話という意味です。

つまり、人間は、成功者のお話を聞いて行動するよりも失敗した人から学ぶ方が賢いのでは?と考えたのが、「失敗譚」という考え方です。

英雄譚や「失敗譚」の譚というのはお話という意味でいかにして社長になったのかという前向きなのは、英雄譚ですが、その逆が「失敗譚」になり、近年では、成功者のお話は実はためにならないという考えが普及し、敗北者側のお話のほうがためになるという風潮になっているがゆえ、人々は失敗したお話を追い求めるようになったのです。


「失敗譚」の概要

「失敗譚」を人々が追い求めるのは、人間社会は明日は我が身という部分があるからだと言ってよいでしょう。

つまり、成功者の真似をして成功するかと言われるとおそらく成功しないと考え、むしろ失敗しない方法を知るほうが重要だと考えれば、おのずと失敗した方の実例を追い求めるわけで「失敗譚」が好まれるようになるのです。

これは、社会が現実的な主義になり成功者の話は参考にならず、どう考えても失敗から学んだ方が得策であると考え、超現実的主義になったと考えるのが良いでしょう。

なので現在では、しくじり先生のように失敗から学ぶテレビ番組も割と多いです。


「失敗譚」の言葉の使い方や使われ方

「失敗譚」は、自らの失敗を公言してみんなもこんな失敗をしないでねや、面白おかしく失敗したことを話すことで周囲に対して失敗してからどうするかを促す内容の書物であると認識してもらうために使用します。

「失敗譚」を使った例文

・『会社を倒産させた事業者の失敗譚を書籍化する』

まとめ

「失敗譚」が参考になると言われているのは、明日は我が身であるという風潮が強くなると人間は失敗した人物から学んでいこうと考える傾向が強くなるがゆえです。

逆を返すと、成功者から学ぶものはないと考え始め、どうせ成功者と同じことをしても無理だとすでに答えを持ってしまっているがゆえ、とりあえず自分の今のポジションを守るためには「失敗譚」から学習してとりあえず失敗しないようにするということを考えるがゆえ、「失敗譚」を追い求めるのです。

よって、「失敗譚」といえる物語が多いというのは、ニーズが変化して、英雄譚のように成功者側の話は不要という流れに世間が変化していると考えてよいでしょう。

なお、「失敗譚」は、別に創作で話を作る必要性が無く、純粋になぜ失敗したかを淡々と描けば物語が成立するので、武勇伝の様に話を無理やり作り出す必要性がないという利点もあり、とりあえず、会社などをつぶした人からお話を聞けばなぜ、そうなったか、という理由が明確なので、成功者側の話を聞くよりも簡単で書籍化もやりやすいという利点もあると言われていました。

逆に英雄譚は、この話って本当なのかな?という部分が多く、自慢話になりがちなのでお話を聞いて話を作るのがだんだんと嫌になるという声もあります。