「流儀」と「モットー」の違いとは?分かりやすく解釈

「流儀」と「モットー」の違い違い

この記事では、「流儀」「モットー」の違いを分かりやすく説明していきます。

「流儀」とは?

「流儀」は、その人物が受け継いでいる技の他手段そのものを意味します。

つまり、「流儀」は原則としてその人物が編み出すのではなく、第3者を通して流れを受け継ぐことで成立するのです。


「モットー」とは?

「モットー」は、元々はラテン語で声を出すことのみを意味していました。

ですが日本に「モットー」が伝わった際に座右の銘のような解釈になり、今現在においては人物の本質のことを表す言葉に変化したのです。


「流儀」と「モットー」の違い

「流儀」「モットー」の違いは、人物の本質であるか、第3者から受け継いだ意志を人物が受け継いでいるかどうかです。

「流儀」は、継承した技や考え方などを意味し、行ってしまえば、自分という存在を別に置いておいて第3者から受け継いだものを大事にして自分に生かすことですが、「モットー」はあくまで自分の考え方になります。

「流儀」の例文

・『空手は私の流儀に反する』
この例は、空手というスポーツは第3者から受けづいた意志や技術などと照らし合わせても、自分の継承した考え方と反対であるという例になります。

恐らく、この人物は過去に何か空手と因縁がある人物からスポーツの指導を受け空手というスポーツにはかかわらないよう言われた可能性が高いです。

「モットー」の例文

・『私のモットーは君子危うきに近寄らずです』
この例は、自分の考え方は、自分は教養があるので危ないことにはかかわらないですという意味です。

実はこの考え方は、正直なところ、面接で述べた場合、チャレンジ精神が一切ないという意味に取られるため、実のところマイナスに働くこともあり得ます。

特に新しいことに挑戦をするベンチャー企業やIT企業においては自分の考えを保留して無難な考えばかりを提示する人物は実のところ面接においてあまり良い評価を得ない場合もあるのです。

まとめ

「流儀」「モットー」の違いは、人間の本質に迫ることであるか、第3者から受け継いだ考えや方法の他技などであるかです。

「流儀」は、技や考えを意味しこの言葉についてはテレビなどでもよく耳にするため、恐らく、手段や考えを示すと分かります。

ただ、モットーと聞くと何かと言われるとこれについては、自分の性格を4字熟語で表すことと日本では考えています。

その為、よく企業で自分の「モットー」を挙げろと述べられたものは、自分を客観的に見たうえで、4字熟語で性格付けを行うわけです。

この時に企業受けする良い「モットー」を述べた人物は企業からしてみれば良い人材で、あまり意味が良くない言葉を述べたものは企業からしてみれば望ましい人物ではないと判断します。

無論、企業でも「流儀」に関することを述べることがありますが、あくまで流儀は自分の考えを別において受け継いだものの見方で判断するため、馬鹿正直に自分の考えを述べたのでは、まったく「流儀」にならず、何も第3者から受け継いでいない人物だと評価されます。

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