この記事では、「稀有に終わる」の意味を分かりやすく説明していきます。
「稀有に終わる」とは?意味
「稀有」は、「きゆう」と読まれる事もありますが、一般的には「けう」と読まれる事が多い言葉です。
その意味は「極めて珍しいこと」です。
さらに言えば、珍しい事の中でも基本的にはプラスイメージの事柄に対して使われる言葉です。
この「稀有」の言葉を使った慣用句として「稀有に終わる」と表記する人が見受けられますが、これは明らかに誤りです。
「稀有」には、こうした使い方はありません。
先に「稀有」は「きゆう」とも読まれると記しましたが、この「きゆう」の同音異義語に「杞憂」と言う言葉があり、この言葉を使った慣用句として「杞憂に終わる」があるのです。
この「杞憂に終わる」は「心配していたけれど、終わってみると心配する必要はなかった」と言う意味です。
以降については、この正しい表記の「杞憂に終わる」について説明したいと思います。
「杞憂に終わる」の概要
「杞憂」とは「心配する必要がないことを、あれこれ心配すること」を指す言葉で、「杞憂に終わる」とは、そうした結果に終わったと言う意味で、「心配していたけれど、終わってみると心配する必要はなかった」という意味を指す慣用句なのです。
この「杞憂」は中国にあった「杞」と言う国の人が、『天が落ちてこないか、大地が崩れないかと、あり得ぬ事を心配して、食欲不振・不眠症になった』という故事から、「杞」の国の人の「憂い(うれい)」、すなわち「杞憂」が生まれたと言われています。
「杞憂に終わる」の言葉の使い方や使われ方
「杞憂に終わる」の言葉は『彼の心配事が杞憂に終わる事を願っています。』や『部長は色々と心配していたけれど、多くの部下が思っていたように、それはやはり杞憂に終わりました。
』や『根拠もなく安易に、杞憂に終わるなどと考えず、最悪の場合の策も考えておくべきだ。』の様に使われます。
「杞憂に終わる」の使用上の注意としては、この慣用句は無用の心配をする際に使うべき言葉で、心配して当然の事柄に対しては使わない点です。
間違った使い方をしないように注意したいものです。
「杞憂に終わる」の類語や言いかえ
「杞憂に終わる」の言い換えとしては、「取り越し苦労に終わる」や「無用の心配だった」や「心配し過ぎだった」等が挙げられます。
まとめ
この記事の表題としては「稀有に終わる」とは?でしたが、これは覚え間違いか、パソコンの変換ミスだと考えられます。
「稀有」は「極めて珍しいこと」を意味する言葉ですが、「稀有に終わる」と言う使い方はありません。
恐らくは「杞憂に終わる」のタイピングミスだと思われます。
この「杞憂に終わる」の意味は「心配する必要がないことを、あれこれ心配すること」です。
似た言葉と言えますが、ビジネスの場で誤用・誤記すると、言葉を知らない人だと馬鹿にされる恐れもあり、正しい表記をしっかり覚えるようにしたいものです。