「コミュ症」とは?意味や使い方を解説

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「コミュ障」

この言葉はコミュニケーション障害の略語が元になっており、そのまま「コミュしょう」と読みます。

インターネットが発祥もとになっていますが、その意味に若干誤解を招く部分があります(後述)。

また、各ウェブサイトで散見される「コミュ症」の表記は、意味がわからなくなってしまうので厳密には誤りです。

「コミュ障」の意味

「人との関わりが苦手」「人前に出るとうまく行動や言動が取れなくなる」「人目を避けて、隠れていたくなる」といった、様々な対人コミュニケーション能力が欠如している人の事をこう呼びます。

ここで注意すべきは、この言葉はコミュニケーション障害が元になっていながら、そこから若干離れて「一人歩き」をしてしまっているという点です。

つまり医学や精神学といった分野で認められている「障害」ではなく、あくまで「人と接するのが嫌、不得手」という苦手意識を指しています。

もちろん吃音などの身体的なものや、精神障害・発達障害といった精神的なものといった本当の障害が原因になっている場合も多いので、全く無関係というわけではありませんが、少なくとも病院に行って「あなたはコミュ障ですね」などと告げられたりはしない、という事です。

これは「プロレス」が、本来の意味の「アマチュアでないレスリング」ではなく、エンターテインメント性と興行目的を重視した別のスポーツジャンルとして確立してしまっているのと似ているといえます。

「コミュ障」の言葉の使い方

ネットで生まれた言葉だけに、匿名掲示板では頻繁に目にします。

実生活でも使われる事はありますが、ビジネスの場で使うのは当然礼儀違反ですし、知人同士にしても差別、侮辱の意味がありますからあまり乱用するのも考えものです。

また前述の通り医学的側面からは病気として見なされないので、病院内や本当の病人に対して向けてよい言葉では決してありません。

「コミュ障」を自称する人にも色々おり、本当に「自分はおかしい」と悩んでいる人もいれば、単に「人見知り」の延長として気軽に使っている人もいたりと様々です。

いずれにせよその成り立ちからしても軽薄な印象は否めないので、使える場は限られている言葉です。

「コミュ障」を使った短文・解釈

この言葉の用法というより、実生活で「コミュ障」の人がどんな心理でいるかを踏まえて例文を挙げていきます。

「コミュ障」の例文1

「コミュ障なので彼女ができない」

人と接するのを避けているのですから、恋人ができにくいのもむべなるかなといったところですが、コミュ障の中にも色々程度の差というものがあり、本当のコミュ障は彼女どころか友達すらいない、と主張する人もいます。

また人目を避ける心理の一番は自信の欠如であり、自分の容姿や挙動に極端に厳しい客観視をしてしまう事が挙げられます。

「コミュ障」の例文2

「人の目が気になって学食にも行けない。 自分はコミュ障なんだろうか」

これも上記と似ており、なぜか周りの目が全て自分に向いているのではという思いにかられ、いたたまれなくなる心理が働いています。

酷い場合は全く見知らぬ人ばかりの町中でもこう感じ、外を出歩けないという人もいるほどです。

こうした監視されているという疑念は、本当の病気である統合失調症の可能性も考えられます。

克服にはまず「世間はそれほど、個人に注目していない」という事実を理解して、気楽になる事です。

「コミュ障」の例文3

「バイトの面接に行ったが、赤ん坊の方がまだ上手く話せると思えるようなコミュ障ぶりを発揮してしまった」

思った事がすぐ言葉として出てこない、言語として正しい組み立てを意識しすぎるあまりに時間がかかる、といった理由で、若干吃音のようになる人も少なからずいます。

もちろんこれは病などではなく「緊張」「こだわり」に過ぎない場合がほとんどなのですが、人によっては自分がどこかおかしいのではと思い悩んでしまう事もあり、またいざ人前に出た時のための「リハーサル」を日頃から脳内で繰り返す癖が付いてしまい、結果やるべき事に注意力が散漫になってしまう人さえいるようです。

度を越すと本当に心を病んでしまう危険がありますので、「美しい日本語」は程々にして、誠意や真摯さを伝える努力をしてみるのが肝心です。