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「ボロは着てても心は錦」とは?意味や言葉の使い方、概要(元ネタ)など

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「ボロは着てても心は錦」とは?意味と使い方
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この記事では、「ボロは着てても心は錦」の意味を分かりやすく説明していきます。

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「ボロは着てても心は錦」とは?意味

「ボロは着てても心は錦」とは見た目は見窄らしくても心の有様は立派、たとえ周囲から悪い目で見られても高潔な心を持っているという意味の言い回しです。

自分の能力や内面への自信を表現することもありますし、見た目ではわからない価値があるという他者への評価の言葉としても使われます。

またそこから転じて見た目で相手を判断してはいけないという意味であったり、見た目ではなく機能性や実用性を重視しているという意味で使われることもある言葉です。

「ボロは着てても心は錦」の概要

「ボロは着てても心は錦」の大本は古代中国の言葉、被褐懐玉です。

被褐懐玉は粗末な着物を着ていても内面には見事な人徳を抱いているという意味で、これを日本人にもわかりやすく和訳した言葉が「ボロは着てても心は錦」と言えます。

ボロは着古して破れ、ツギハギだらけで見窄らしい服、錦は豪華で美しい高級な着物であり、外面と内面を同じ衣服というカテゴリ内で表現した言葉です。

日本古来のことわざではなく、水前寺清子という歌手が歌った歌詞が多少変形して、慣用句として定着した言葉になります。

「ボロは着てても心は錦」の言葉の使い方や使われ方

「ボロは着てても心は錦」は見た目はともかくとして中身が優れていると評価したり、見てくれは横において人格や能力を評価してほしい、実用性が重要だという時に使われます。

慣用句なので他に言葉をつけず、「ボロは着てても心は錦」とだけ言い切る形で使われることも多いでしょう。

『デザインは不評だがボロは着てても心は錦』
という風に使われます。

同じ文章でも開発者や売る側が言うなら中身を見て欲しいという意味の発言になり、それを買った側や使っている側の発言であれば、見た目はともかく実用性は素晴らしいという表現です。

「ボロは着てても心は錦」の類語や言いかえ

「ボロは着てても心は錦」の元となった「被褐懐玉」は四字熟語として使われることもあるので、それが類語になります。

また「武士は食わねど高楊枝」は見た目を取り繕う慣用句ではありますが、苦境にあってもくじけては行けないという点で見れば、「ボロは着てても心は錦」と共通している類語と言えるでしょう。

またどんなに困っても高潔な心を忘れてはいけないという意味の類語としては、「鷹は死すとも穂はつまず」「渇しても盗泉の水を飲まず」ということわざがあります。

まとめ

「ボロは着てても心は錦」という言葉は1966年の歌に出てきた歌詞なので、昔の言葉と認識する人も多いですが、ことわざや慣用句としては歴史の浅い言葉です。

どんな時でも高潔な心を忘れてはいけないという、「ボロは着てても心は錦」が指す心持ち自体はそれ以前から大事にされ、被褐懐玉と表現されていました。

それを日本人にわかりやすい表現にした言葉が「ボロは着てても心は錦」です。

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意味と使い方
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意味解説辞典