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「冷酷」と「無慈悲」の違いとは?分かりやすく解釈

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「冷酷」と「無慈悲」の違い違い
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この記事では、「冷酷」「無慈悲」の違いを分かりやすく説明していきます。

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「冷酷」とは?

「冷酷」とは、思いやりがなくむごいこと。

また、そのさまを指す言葉です。

この「冷酷」「冷」は文字通り、冷たい事を表わすもので、「酷」の漢字は、度を越して厳しいさまや、思いやりがなくむごいさまを指します。

従って、「冷酷」は非常に冷たく厳しかったり、むごかったりする意味となるのです。

『これは余りにも冷酷な仕打ちだ。』や『彼は冷酷な男だ。』と使われます。

「無慈悲」とは?

「無慈悲」とは、思いやりの心がないことや、あわれみの心がないこと。

また、そのさまを意味する言葉です。

「無慈悲」とは「慈悲」の心がない意味ですが、この「慈悲」は、元々は仏教用語で菩薩が人々をあわれみ、楽しみを与え、苦しみを取り除くことを表現する言葉です。

余談ですが、菩薩の中でも観音菩薩の「慈悲」にすがる信仰が古くから盛んとなり、西国33カ所巡礼等の観音巡礼が今日まで延々と続いているのです。

この仏教用語が転じて、「慈悲」は いつくしみ、あわれむことを指す言葉に一般化して行ったのです。

従って、こうした「慈悲」がない意味の「無慈悲」は、思いやりや、いつくしみや、あわれみのない事を指すのです。

『彼のこんな無慈悲なやり方には、腹が立つ。』の様に使われます。

「冷酷」と「無慈悲」の違い

「冷酷」とは、思いやりがなくむごいことを指し、「無慈悲」とは、思いやりの心がないことや、あわれみの心がないことを指す言葉で、類似語と言えます。

強いて言えば、「冷酷」にはむごい意味合いが強いのに対して、「無慈悲」には余りむごいと言う直接的な意味は入っていません。

「慈悲」がない事は、淡々としていたり、冷淡でしょうが、むごいとまでは言えないのです。

「冷酷」「無慈悲」の違いは、むごさが強いか否かの違いと言えます。

また、この「冷酷」「無慈悲」を熟語として「冷酷無慈悲」として使う事もあります。

これは類似語を重ねて使う事で、思いやりの心がなく、むごい事を強調し、残酷でさえあるような場合に使われるものです。

例えば、『この冷酷無慈悲なギャング達は、金の為なら平気で人を殺害します。』の様に使われます。

まとめ

「冷酷」とは、思いやりがなくむごいことを指し、「無慈悲」とは、思いやりの心がないことや、あわれみの心がないことを指す言葉です。

「無慈悲」は元々は仏教用語の菩薩のいつくしみの心である「慈悲」が無い事から転じて一般化したものです。

2つの言葉は、いわゆる類似語と言えます。

2つの言葉の違いは、「冷酷」にはむごい意味合いが強いのに対して、「無慈悲」には余りむごいと言う直接的な意味は入っていません。

ちなみに、「冷酷」「無慈悲」を熟語として「冷酷無慈悲」として使う事もあります。

これは類似語を重ねて使う事で、思いやりの心がなく、むごい事を強調し、残酷でさえあるような場合に使われるものです。

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