「主観」とは?意味や使い方を解説

意味と使い方

「主観」

主観というのは「しゅかん」と読み、物事を認識する働きのことを指しています。

物事を見る自我や自我が持っている意識を指しており、自分の見解を指すこともあります。

主観というものは判断や表象の仕方が人間や人間性、心理的な性質に依存している様を指し、主観の対義語は客観です。

客観というのは心理的な要素に依存されない状態を指しています。

「主観」の意味

主観は名詞であり、ラテン語に由来した言葉です。

スコラ哲学が18世紀に発展した時にこの考えが出来上がりました。

18世紀頃までは性質や状態を指す表現でしたが、最近では人間の自我を指すことが多いです。

特に哲学者のカントは先験的意識として主観を設定しました。

「主観」の言葉の使い方

主観という言葉は主観的として使われることが多いです。

主観的という言葉は形容動詞であり、例えば主観的な物の見方、主観的な考え方、という使われ方があります。

物事そのものを見て判断するのではなく、自分の自我や心理によって考え方を変える状態を主観的な考え方というのです。

自分の信じた道にごまかされず、そのものの状態をしっかりと判断する事は客観的な物の見方といいます。

「主観」を使った例文・短文(解釈)

それならば主観という言葉を使った例文にはどのようなものがあるのでしょうか。

ここでは例文をいくつか紹介します。

「主観」の例文1

「主観的な物の見方だけではなく、客観的な物の見方も大切です」

自我による物事の考え方は確かに重要ではありますが、自我を踏まえることなく物事をしっかり読み取ることができる力も重要です。

そのため、主観的な物の見方だけではなく、客観的な物の見方ができるように訓練をしていかなければいけません。

自分の好き嫌いだけで決めるのではなく、周りの状況も踏まえた上で客観的に判断していかなければいけないのです。

「主観」の例文2

「それは極めて主観的な考え方だよね」

誰かが自分の意見を述べた時、それに対して「それは主観的だ」と否定されることがあります。

主観というのはあくまでも自分の利益などを踏まえた上での考え方になりますので、例えばビジネスの場などにおいては好まれません。

客観的な物の見方が重視される中、自分の利益に基づいて判断してしまえば、周りからその判断を否定されることもあるでしょう。

自分が物事を考えるときはそれが主観的なのか客観的なのかしっかり考えなければいけません。

「主観」の例文3

「これはあくまでも私の主観ですが」

何かについて考えを述べるとき、最初に「これは自分の主観だけれども」と前置きをすることで周りからの反発を抑えることが可能になります。

人間はやはり自分の利益に基づいて物事を判断する傾向がありますが、それがあまりよろしくない状態であるとき、あくまでも自分はそれを主観だとわかっているが、と前置きをすることで、周りからの理解を得やすくなることもあります。

主観だからといって悪いわけでは無いのです。

しかし、主観を主観だと理解しておく事は大切です。

「主観」の例文4

「いまだに主観の意味がよくわからない」

主観というのはあくまでも哲学的な表現ですので、意味がよくわからないという人は少なくありません。

これは考え方に影響する哲学的用語になりますから、言葉で説明されても主観がいまひとつわからないという人は少なくないのです。

主観というのはあくまでも自分のパーソナリティーに基づいた考え方だと言えるでしょう。

例えば誰かに対し、「あの人は非常に田舎っぽい」と言えば、それは主観的な考えになります。

それに対して「あの人のマナーは非常に洗練されている」と言えば、それは客観的な考えになるのです。

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