この記事では、「教育ママ」の意味を分かりやすく説明していきます。
「教育ママ」とは?意味
「教育ママ」とは、自分の子供の教育に異常なまでに熱心な母親=ママを意味する言葉です。
子供の教育といっても、情操教育等ではなく、一般的には有名な進学校に入学させ、一流大学を目指す事を目的にした教育に熱心な場合を指す言葉です。
「教育ママ」の概要
「教育ママ」は教育熱心な母親を指す言葉ですが、どちらかというと余り良い意味で使われる言葉ではありません。
教育を十分に受けさせてもらえる事は、子供にとってはある意味でありがたい事であり、子供の将来の可能性が拡大するメリットもあります。
しかし、それが度を越して強く、またその目的が子供将来幸せになれるようにという動機でありながら、いつしか一流の大学に入学し、一流企業に入る事が目的化してしまう事で多くのデメリットを生み出す事が多いため、「教育ママ」はネガティブな意味として使われる事が多いのです。
教育を通じて、基礎学力を身につけ、情操とのバランス良く子供が成長できる意味で、勉学の機会を可能な限り与えてやりたいと考える事は、親心として理解できる事です。
しかし「教育ママ」が陥りやすい、良い大学に進学させ、一流の企業に入社させるという目標を達成できたからと言って、子供が幸せになれると言う保証はありません。
一流の大企業の方が、中小企業に比べて年収も高く、しかも倒産の危険性も少ないとして、こうした考え方の根拠でしょうが、最近では一流の大企業でも倒産や消滅している事例は沢山あります。
また倒産や消滅しなくても、リストラで何千人単位で人員削減する企業も決して珍しくはありません。
一流の大企業なら安泰という時代はとっくに過ぎ去っているのです。
そもそも「教育ママ」が抱く、一流大学から一流企業へと進めば安泰ではない上に、その目標のために、子供が成長過程で犠牲とする事も少なく無いのが現実です。
それが結果として、自立心が弱かったり、挫折に弱かったり、偏って考え方の人間に育ったり、生きる力の弱い大人に育つと言った弊害をもたらす事が多いのです。
生活に追われる事無く、子供の教育に熱心でいられる母親は恵まれている状況といえますし、教育機会を十分に子供に与えられる事も決して悪い事ではありません。
ただ、何のために教育が必要なのか、人間としての成長は、いわゆる学校の成績が良い事ではないという点を考え直し、教育熱心さの発揮の仕方を考え直すべきといえるでしょう。
「教育ママ」の言葉の使い方や使われ方
「教育ママ」の言葉の使われ方としては、『彼女は教育ママの典型で、遠方の有名私立小学校に子供を入れて、毎日送り迎えまでしている。』や『教育ママが過ぎると、依存心の強い子供にしてしまう恐れもある。』の様に使われます。
「教育ママ」の類語や言いかえ
「教育ママ」の類語としては、余りピッタリな表現はありませんが、『教育熱心過ぎるママ』や『子供に、がり勉を強要するママ』といった表現が近いと言えるでしょう。
まとめ
「教育ママ」とは、自分の子供の教育に異常なまでに熱心な母親=ママを意味する言葉です。
この「教育ママ」は、余り良い意味で使われる言葉ではありません。
それは教育の目的が、いつしか一流大学から一流企業に入る事になってしまい、本当に子供が幸せになれるための人間力を培うことから大きく逸脱している事が多いからと言えます。