「苦悶」と「苦痛」の違いとは?意味や違いを分かりやすく解釈

「苦悶」と「苦痛」の違いとは?違い

この記事では、苦悶と苦痛の違いを分かりやすく説明していきます。

苦悶とは?

苦悶とは、精神的に肉的的につらく感じること、苦しみ身悶えることを意味しています。

苦悶の表情を見せるときの人は、痛みに耐えようとはしますが、その痛みに耐えられずに痛みが表情に出てしまい、苦痛に歪むその様を表しています。

この苦悶する理由には、事故で大怪我を負ったときにあまりの痛さにジッとしていられず、バタバタと転がりながら苦しむような痛みであるときによく使われています。

怪我だけではなく、精神的に苦しむようなつらい悩みを抱えているとき、どう解決したらいいのかわからない人はさらに悩み、その自分のおかれた状況に悩み、苦しむのです。

これを苦悩とも例えるほど、解決方法が見つからないことで明日まで生きられないと思うと、大きな事件に巻き込まれるだろうと、自分の今置かれている状況がかなり危険な状態であるとき、人は苦悶の表情を見せます。

この言葉の使われ方は「日夜苦悶する」「苦悶に満ちた顔」と使われ、いかにその人が酷く悩んでいるか表せるわけです。


苦痛とは?

苦痛とは、心とからだに感じる痛みや苦しみを意味しています。

家族が事故に遭って亡くなってしまったときに心に痛みを感じ、からだにも痛みを感じます。

その痛みが苦しむほど痛いとき顔は歪み、酷く気分は落ち込みます。

この苦痛に感じる状態は酷い痛みで仕事への意欲を失うこともありますし、精神的にやる気を失うこともあります。

すると人はさらに落ち込み、日々の生活が苦痛に感じてしまうのです。

精神的に苦痛を感じると、人はますますやる気を失って、うつ病になってしまうこともあるので、早めに苦痛を取り除く心のケアとからだの痛みを緩和するための工夫が必要です。


苦悶と苦痛の違い

苦悶と苦痛の違いを、分かりやすく解説します。

あまりの痛みで精神的につらく、絶望感に包まれたときに酷い不快感を感じた人の感情を苦悶といい、からだに負った怪我での痛みや心に感じるような困難なことがあったと表現するときには苦痛と使います。

苦悶の例文

・『自分の悲惨な状況に苦悶の表情を見せる』
・『あまりの痛さに彼は身悶えて苦悶する』
自分の悲惨な状況があまりにも酷く感じてつらい人は、苦悶の表情を見せて、自分の気持ちと状態を人に伝えるときに使います。

あまりの痛さでつらい人は、体をくねらせて身悶えるほど苦しむその酷い状態を表情に出すことがあります。

苦痛の例文

・『苦痛に感じるほどつらい状況に陥った私は逃げ出したい気持ちになる』
・『大学に行けという親からのプレッシャーがとても苦痛に感じる』
すごい痛みに、人は逃げ出す余裕もないほど苦痛に感じたとき、からだの痛みよりも、精神的な痛みの方に負けることもあります。

大学に行けといわれることは、人によってはとても重荷に感じてしまい、その重い期待感の重圧が圧し掛かるとかなりのストレスを感じて苦痛になるのです。

まとめ

精神的に感じる痛みと、肉体的に感じる痛みには、痛むところは違えこそ、つらく感じることに違いはありません。

ちょっとした苦痛であっても、ずっと続く苦痛には苦悶します。

そんなつらさを伴う苦痛を感じてしまうときは、自分なりに脱出できる方法を見つけましょう。

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