「土壇場」とは?意味や使い方、例文など分かりやすく解釈

「土壇場」とは?意味と使い方

この記事では、「土壇場」の意味を分かりやすく説明していきます。

「土壇場」とは?意味

「土壇場」とは、まさに今物語や人生が終わろうとしている様子を指す言葉です。

要は終焉を指す言葉が「土壇場」で瀬戸際や崖っぷちと同じように使用される言葉になります。

ただ、「土壇場」は、起死回生ができず死にかけである場合、対象は必ず死亡します。

よって、「土壇場」は生きるか死ぬかにおいては人生が終わる側を意味する言葉です。


「土壇場」の概要

「土壇場」という言葉は、元々、近世に入ると処刑を見せ者で行い、対象となる者の首を土で作った台に晒すことを意味する言葉として用いられました。

いわゆるさらし首になることを「土壇場」にあると呼んでいたのですが、晒し首になるということは人生が終了するということになると解釈され、現在では、人生が終わることを「土壇場にある」と呼びます。

ですので、「土壇場」という言葉は対象の人生が終了するという確証がある場合使用します。


「土壇場」の言葉の使い方や使われ方

「土壇場」は今まさに人生が終了する、もしくは、人生が終了しそうな人物を指すために使用し、この言葉は、人生が終了するという意味で使用します。

「土壇場」を使った例文

・『この自動車の部品の製造計画が契約されないとわが社は土壇場に陥る』
この例は、まさに部品の製造計画が契約されない場合、会社は終了となるという例で、下請けの会社が契約をして貰えなくなると会社はつぶれるという意味です。

この例では、「土壇場」を人生が終了するという意味ではなく、会社がつぶれると解釈しています。

無論会社がつぶれると生活に困るので人生が終了すると遠回しで述べているともいえるのです。

・『土壇場のつばぜり合いでは負けない』 この例は、人生が終了するという場面に直面してからそれを回避することで負けはしないという例です。

要は、生きて生還を果たすことができると述べており、自分は助かり、相手は人生が終わるという意味になります。

「土壇場」は、いわばどちらかの人生が終わればそれで成立するため、この場合、2者が競い、どちらかの人生が終了するというのがこの例です。

まとめ

「土壇場」は、要は、処刑場のことを意味するが故、人生の終了を意味します。

よって解釈次第では、会社がつぶれることや罪人となり社会から切り離されることも「土壇場」にあると呼びます。

その上で、「土壇場」は、必ず誰かを犠牲にします。

例えば、会社であれば、会社の誰かや会社そのものを犠牲にするのです。

この犠牲があるが故、「土壇場」は犠牲者側から見れば人生が終了したという意味を強く持ち、生き残った側は、窮地を抜け出したとなり「土壇場」において打ち勝ったとなるのです。

逆に両者とも犠牲になることもあり、例えば競争などにおいてどちらか片方を救うとなれば、両方が潰しあいをして両方とも救うことができなくなるケースもあり、「土壇場」は犠牲の在り方においてはどうでもよい言葉であると言い切れます。

意味と使い方
意味解説辞典