この記事では、「有終の美を迎える」の意味を分かりやすく説明していきます。
「有終の美を迎える」とは?意味
「有終の美を迎える」とは、「有終の美」の間違った使い方になります。
「有終の美」という慣用句(ことわざ)の言い回しは、「最後まである物事をしっかりとやり遂げて、終わりを素晴らしいものにすること」を意味しています。
「有終の美」とは「能動的にやり遂げて、立派な最後(結果)にすること」を示しているため、「迎える」という受動的な動詞と組み合わせて使うことはないのです。
「有終の美」のもっとも一般的な用法は「有終の美を飾る・有終の美と言える」などであり、「有終の美を迎える」は誤用になります。
「有終の美を迎える」の概要
「有終の美を迎える」は「有終の美の誤った使い方」ですが、「有終の美」という慣習的に使われていることわざの語源は古代中国の『詩経』にあります。
『詩経 大雅・蕩とう』の詩の一節に、「初め有らざることなし、よく終わり有ることすくなし(物事には必ず初めがあるが、やり遂げて立派な終わりがあることは少ない)」とあり、これが「有終の美」の語源と考えられているのです。
この詩経の一節にも反映されている「有終の美」は元々「政治・為政者に関する文脈」で発せられた言葉です。
そのため、「国王は初めは善政を行ったとしても、権力を握っているうちに私欲に溺れ悪政に転じて、国家を衰退させてしまう終わり(最後)が多い」といった意味のニュアンスがあります。
「有終の美を迎える」の言葉の使い方や使われ方
「有終の美を迎える」は「有終の美の間違った使い方」なので、一般的な使い方としては「有終の美を飾る・有終の美と言える・有終の美で終える」を使うことが多くなっています。
「有終の美を飾る」という言い回しは、「物事・仕事をしっかりとやり終えて、素晴らしい最後を飾る(演出する)」といった意味合いで使う使い方になります。
「有終の美と言える」は、「第三者(見ている人)の目線で、その人が立派な最後(素晴らしい結果を出した最後)を迎えたと言える」という意味で使われることになります。
「有終の美」を使った例文(使用例)
・『今年いっぱいでの引退を表明していたそのアスリートは、オリンピックで見事に金メダルを取って有終の美を飾りました。』
・『いつまでも最高権力者の地位に留まることなく、早めに国民から支持を受けた後継者に権力を委譲したことは有終の美と言えるでしょう。』
・『周囲の同僚や家族の温かいサポートを受けながら、医師・研究者としてのキャリアを有終の美で終えられたことをとても感謝しています。』
まとめ
「有終の美を迎える」という慣用句の意味や概要について解説しましたが、いかがでしたか? 「有終の美を迎える」という言い回しは「有終の美」の間違った用法になりますが、「有終の美」には「最後までやり遂げて立派な結果を残す」といった意味があります。
一般的な使い方は、「有終の美を飾る」になります。
「有終の美を迎える」ということわざ・慣用句の意味をリサーチしたい人は、この記事を参考にしてみて下さい。